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nach meiner Meinung

「わたしの意見では」。主にジェンダー領域に関わるような話を、学問レベルには足りないくらいのところで書いていきます。

わたしは女である、というごく私的で内省的な宣言

お久しぶりです。
人生の転機は、本当になんでもない時に訪れるもので。
わたしは、今日、生まれて初めて、「わたしは女である」と、言える、そんな心持になりました。
これまでの記事を読んでもらっている方は、これがちょっとすごいことだと、わかって頂けるかもしれません。
とつぜんに訪れたこの転機について、少し書いておきたいと思います。

決壊のきっかけは、とあるマンガだった

今日もいつものようにTLを眺めていて、何気なくリンクを開いたら、マンガが出てきました。
そんなに長くないので、是非最後まで読んでください。

note.mu

わたしは休憩中、会社の休憩室のソファで軽く横になって仮眠を取るのですが、その体勢でこれを読んでいて、涙が出てきてしまい、あわてて寝たふりをして誤魔化しました。

これが、つまり、「女であること」でした。

「女らしさ」を「愚かさ」と教えこまれた20年間

わたしは、一人っ子でとても優秀な「いい子」でした。
反抗期もなく、つねに成績優秀で、しかしガリ勉ではなく、趣味が多く、両親と非常に仲が良かった。
両親はわたしに対し、「女の子だから~」と言ったような物言いをすることもなく、特に母親は比較的リベラルな方だと…ずっと思っていました。
ですが、少し過剰な面もありました。
彼女は、女性性をひどく毛嫌いしていた。
それにはある事情があるのですが、いずれにせよ、彼女にとっては、女性性、女らしさ、女性の性的アピールのようなものはことごとく悪で、醜く、愚かなものに思えているようでした。
その価値観を、わたしは約20年間にわたり教えこまれ、完璧に内面化していました。

しかし、母はわたしに、何かを強制したり、強要したり、直接的に求めたりするような言い方は、決してしませんでした。
あくまで、価値観としてそれを植えつけるのです。
少し露出の多い服装の女の子を見かけると、
「自分の娘がもしああだったら絶対に嫌だ」
と言い、
母の知人が、若い頃にモテて、男性にご飯をおごってもらっていたというような話を、嫌悪感をにじませながら、非常に馬鹿にした言い方で聞かせ、
年頃のわたしが、全然モテないと悩みを打ち明けると、
「ナツメは美人だから高嶺の花なんだ。モテるような女はブスばっかりだ」
と言う。
この頃にはわたしもこの価値観を完璧に内面化していたので、母と一緒になって、モテる女性や、若い女性らしいファッションを楽しむ女の子を、馬鹿にしていました。
わたしは中学生、高校生になっても、スカートの下にはつねに短い黒のスパッツを履いていたし、胸元が見えないように、つねにキャミソールを着て、時にはそれをテープで肌に貼り付けていました。
それが母の教えであり、「愚かでだらしのない(=母に嫌われるような)女の子にならないために必要なこと」でした。

母は、「恋愛もの」も嫌いで、馬鹿にしていたフシがあります。
惚れた腫れた、盗った盗られたの色恋沙汰で悩むのは馬鹿らしい、だから恋愛ものの少女漫画はつまらないと言っていました。
この価値観も、わたしはまんま踏襲してしまい、いまだに恋愛ものの少女漫画の楽しみ方がよくわかりません。

もちろん、これが母の全てではありません。ごくごく、本当にごく一部の言動をピックアップしています。
有意義なことも教えてもらったし、楽しい思い出もたくさんあります。時間で言えば、それらの方がずっと多い。
でも、この「女」に関する、彼女の態度への違和感は、喉に刺さった魚の小骨のように、ずっとひっかかって、取れていません。
だからこうやって、今でも鮮明に思い出す。
これが、わたしの、「呪い」でした。

「ズルいよ!」と叫んだのは「女の子のわたし」だった

さきほどのakkoさんのマンガを読んでいて、心の中の抑え込まれたもう一人が「ずるいよ!」と叫んで飛び出してくるシーン、
その「ずるいよ!」という文字を見た時に、わたしはものすごい、ショックを受けました。
「ズルいよ!」
それは、わたしの心の一番奥でずっと叫んで、押し殺している言葉そのものだったから。
本当に、あのシーンそのままなんだけれど、わたしの気持ちを、これまでのブログの内容とかも絡めながら文章にすると、こんな感じ。

「ズルいよ! 女の子は媚びたり、露出したり、それで男の人にチヤホヤされたり、性的に見られたらいけないんだよ!
 それは、醜くて、愚かで、恥ずかしい事なの!
 そんな風になったらお母さんに嫌われちゃうの! 愛されなくなるの!
 だからやっちゃだめなの! 人から女扱いされちゃだめなの! なのになんで!?
 なんで女性らしさをアピールしても許されるの!?
 なんで女扱いされてるのに堂々としてるの!?
 女として見られないようにしなきゃいけないのに、何で痴漢とか、盗撮とか、男の人に性的に見られてしまったことを、堂々と言うの!?
 なんでそんなこと言って、女として見られて、それで許されるの!?
 ズルいよ! わたしだって、本当は可愛いって言われたい、女の子として見られたい
 男の子にチヤホヤされてみたかったし、それで愛されたかった!
 でもそうしたらお母さんに嫌われる! 存在を否定されるんだよ!!
 だからわたしは全部ガマンした! なんでみんなガマンしないの!? 
 そんなのおかしい!! 女として堂々としてる人はみんな嫌われなきゃだめ!!!」

ここで初めて、わたしは、「ふつうの女の子であること」を我慢してたことに気付きました。
わたしが女の要素をもっていないんじゃなくて、「わたしは女の要素を持っていてはならない」と、自分自身で思っていたんだな、と。
「わたしが他人から女扱いされない」んじゃなく、「わたしが他人に女扱いさせない」だけだったんだな、と。

だから、わたしは、わたしにこう言ってあげようと思います。

お母さんに嫌われても、あなたの人生はあなたのものだから、いいんだよ。
 みんなと同じように、あなたも女の子でいて、いいんだよ。
 かわいくして、女の子らしくして、男の子にチヤホヤされてもいいんだよ。
 嫌なことがあったときに、自分は女に見られないはずだから、人間として非常に程度が低く見えて、馬鹿にされたんだとか、思わなくてもいいんだよ。
 あなたは、少なくとも、他人から見て、男には見えないよ。
 女の姿かたちをしているよ。
 そして、女のかたちをしたものに、嫌なことをするひともいるよ。
 よくもわるくも、あなたは女だよ。
 だから、これからは、あなたがなりたかった女、女の子として、生きていいんだよ

どこで失敗したのか

おそらく、この事態を招いた大きな原因のひとつが、反抗期がなかったことだと思います。
わたしは、母の言うことに、疑念を差し挟まなかった。
いや、厳密に言えば、違和感はありました。
学部生の頃、学内のカウンセリングルームに通っていて、そこで母の話もしていた記憶があります。
母に極端なところがあり、わたしはそれに違和感がある。だけれども、違和感を持つこと自体に大きな罪悪感がある。
カウンセラーから、そのことについて有益な助言を貰った覚えはありません。
わたしは罪悪感に負け、その違和感を打ち消し続けてしまいました。

ひとり暮らしを始めて、わたしの心、情緒はだいぶ落ち着いてきたと思います。
このタイミングだったから、akkoさんのマンガを読んで、「これはわたしだ!」と気付けた。
同居していたころだったら、きっと気付けなかったでしょう。
それほど、わたしは母と自分を混同していたのかもしれません。
母に嫌われたら世界が終わる、と言うような感覚だった気がします。

なぜ反抗期が来なかったのか、なぜ同一視から抜け出せなかったのか。
これは一種洗脳のようなものだったとも思いますが、それにしても、わたしにも問題があったのかなあと思います。

悔やんでももう仕方ないですが、わたしは27年間を無駄にしました。
どうやったらこんなことにならずに済んだのか、それはこれからもし分かれば、共有して、同じような境遇の子にとって何かのヒントになれば良いなと思います。

生まれて初めて、「わたしは女である」と言う

休憩時間に何気なく見たマンガで、わたしは、ある意味で生まれ変わりました。
20年来の呪いが解けて、「性別のわからない、気持ち悪い生き物」から「女」へ。
もちろん、いままでの価値観が全くなくなるわけではありません。
やはり、女であるまえに人間だと思っているので、わたしの人格は性別と切り離された部分が多いと思います。
でも、わたしは社会的に、女性である。
そう断言できるのは、生まれて初めてのことです。

考えてみれば、やはり外見上はどう見ても女ですし、男と間違われたこともないので、他人はきっとわたしを「女」として判別しているはずです。
「女であってはならない」という前提にたった言動が違和感を与えていた可能性はありますが、それでも区分としては、これまでも「女」に振り分けられていたはず。
今日からは、自分でも、そう思って生きてみます。
わたしは女なんだ。
そう思うことがこんなに嬉しいとは思いませんでした。

きっと何も変わらないけど、少しだけ楽に生きていくことが出来そうです。

持ち味の面倒臭さは少し減ってしまうかもしれませんが、これからもよろしくどうぞ。